肉体を駆使した即興のゲーム

 「ダンス?それとも格闘技?勝敗はどうやって決めるの?」
 カポエイラを初めて見た人によく聞かれる。でも、カポエイラはダンスでもなければただの格闘技でもないし、ただ勝敗を追求する野暮な真似はしない。まずは先入観を捨てご自分の目で見てみるのが得策だろう。
 一般的なカポエイラの説明はこうだ。「武術やダンス、アクロバット、音楽、儀式的な要素が結合されたブラジルの伝統文化。16世紀以降に、アフリカからブラジルへ移住を強いられた黒人奴隷が生み出したとされている。あらゆる角度から繰り出される鋭い蹴り技を主体に、柔軟性と俊敏性にも重きを置いた、美しい技の体系が実に特徴的である。」



 ジョーゴというしなやかで優美な肉体芸術

 基本的にカポエイラでは、2人のプレイヤーが攻撃と防御の動きを相互に行う。しかしそれら一連の動作はあくまでも即興で行われる。この2人で行う組み手をジョーゴ(=jogo)といい、延々と攻撃、防御、カウンターアタック、フェイントなどを駆使し、身体を使った会話に興じていくわけである。そしてカポエイラのジョーゴは単なる力のゲームではない。いかに自分のカポエイラをするかというセンスとクレバーさが要求される。体格、年齢、性別に関わらず、カポエイラが誰でもできるというのはそういう意味でもある。


ホーダのなかで展開される真実

 「カポエイラのホーダは、宇宙を表現しているのだ…」という人もいる。私はまだまだ未熟で、宇宙的な話ができるほどのレベルではない。しかし、ホーダが人間の日常性の縮図を表しているような気はする。ひとたびホーダに入ってしまえば、ジョーゴをどう動かすのもすべて自分次第であるし、他に助けてくれる人はいない。また人を選ぶこともできないし、熟練者はどんなタイプ、レベルの人ともジョーゴできなければならない。
 そしてカポエイラのホーダは、必ず相手との関係性の上に成り立っているもので、1人でジョーゴをすることはできない。自身の姿をさらけ出し、知恵や情報力の差を相互に交換する。そしてその応酬が、調和に富んだジョーゴを生み出すのである。観る人をして、「カポエイラは美しい」と言わしめる由縁である。



 ジョーゴを行うための舞台「ホーダ」

 カポエイラの大きな特徴は、必ず音楽を用いることだ。ホーダには、必ずビリンバウやパンデイロ、アタバキなど数種の楽器を弾くカポエィリスタがおり、他のカポエィリスタは楽器のリズムに合わせて手拍子をしたり歌ったりする。そしてジョーゴは、必ずこの音楽のリズムに先導されて行われる。
 カポエイラで音楽を使う理由はいくつかあるが、最も大切なのはアシェ(=エネルギー)を作り出すことだろう。このアシェがなければジョーゴの最中にケガをしたり、させたり、何か不吉なことが起きるとも言う。
 また歌詞の多くにはメッセージが込められており、カポエイラの歴史、カポエイラの愛情や情熱、奴隷たちの自由への想い、ジョーゴしている人をからかったり、克服すべき課題を示唆したり、冗談を飛ばしたり様々である。



 カポエイラをもっと知るために…

 
 

まずは見る!! カポエイラの動画


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